生き方と整体の関係

宮城県仙台市宮城野区のやすらぎの杜整体院です。身体に出る症状は心の状態の表れとも言えます。本当の自分の生き方から外れている時に、その軌道を修正するために身体や心に症状が出て教えてくれるのです。

私は病気についてそのように考えています。では、本当の自分を生きるとはどういうことか?本当にやりたいこととは何か?

つまり、整体とは単に筋肉や骨格を調整するだけでなく生き方を見つめ直すきっかけになると思っています。

身体が訴えていること

先日来院した60代女性クライアントさん。

子育ても終わり、子供も独立して、経済的にも時間的にも余裕が出来て、さて自分の時間を有意義に過ごそうと思ったけれど具体的に何をしたらよいのかわからない。

そうこうしているうちに体調を崩しがちになってそれで現在整体院に通院されています。

「きっと、身体は何かを訴えてるんでしょうね…」なんて話からいろいろお話してくださいました。

「周りから見て『いいねぇ』と言われることも多いけど、何となく心が満たされないような寂しいような、そんなことも多いんです」と。

私も数年前まさにそんな状態だったのでよくわかります。

私の場合は10代の頃から「なんの為に生きるんだろう」とか哲学的なことばかり考えていて、その後社会人になってからは成功哲学を学んだり引き寄せの法則を実践したりしてそれなりに成果も出たけれど、自分の外側が満たされても内面は必ずしも満たされないという経験をしました。

もちろん、一時的な達成感や満足感もありましたが、常に何か満たされないような虚しさもありました。

さらにそれからいろいろ法則について学んだり実践したりして、この宇宙のカラクリを理解するにつれてその虚しさも薄れていきました。

生き方の追究

どう生きるかということを追究していくと、思考や理屈では捉えられない領域にたどり着くことになります。頭でいくら考えても理解できない領域です。

これまで学んできたことや常識がひっくり返されることもあります。いかに自分が固定観念に縛られていたかと気づきます。

そしてこの世の中のほとんどの人が何らかの固定観念にがっちり縛られながら人生を生きています。その人にとってはそれが当たり前の世界。その世界に縛られていることにすら気づけていないことがほとんどです。

自分が観念を手放していくと周りの人達や世の中のそういう構造も見えてきたりします。

整体で何が出来るのか?

そして整体の仕事を通じていったい自分は何が出来るのか?と問いを発した時に、やはり「症状を取り除く」とか「痛みを軽減する、痛みを無くす」ということは、誤解を恐れずに言えば正直どうでもいいことに思えてくるのです。

むしろそれは適切な整体を行っていれば自然に当たり前に訪れることであって、目指す目的はそこではないのです。

痛みが出てもうろたえずに、自分で治せる(自然と治る)ようになること。自分で自分の身体のバランスを取れるようになること。

そんなことも大切に考えています。

さらには、身体との対話を通じて自分の内面との対話も出来るようになります。自分の内面に気づくことにより、何のために生まれてきたのか、この人生で何をしに来たのか、という使命のようなものにも気づけるかもしれません。

本来の自分、本当の自分に出会う。そしてそういう自分を生きていく。

そんなところまでお手伝いが出来ればと思っています。そしてそのようなお手伝いが出来るためにはまずは自分自身がそのような生き方をしていたいと思うわけです。