操体法の自発動と感情解放の症例を解説します。

操体法の効果が心身の奥深くに及ぶと抑圧された感情の解放現象が起こることがあります。

体がひとりでに震えだしたり、涙があふれたり、ということが起こることがあります。

操体法は手技療法であり、心理療法ではありませんので、いつでもそのような現象が起こるわけではありません。

施術者とクライアントの信頼関係、場の雰囲気、施術者の技量、クライアントの感覚をかぎ分ける精度、クライアントの心理状態、など様々な要素が、ある一定の条件を満たした時に、手技が肉体を超えて深い領域に影響を及ぼします。

そして、「光が見える」「色が見える」「ビジョンが見える」「笑い出す」「泣き出す」「体が震えだす」などなど、様々な表現を通じて反応が現れることがあります。

仙台操体医学院での出来事

操体法の師匠の今昭宏先生の仙台操体医学院にて、時々私の気づきを学院生にシェアさせて頂くことがあります。

教えるのが一番勉強になりますから、時々定休日などにお邪魔して教えさせて頂いています。

先日学院生のSさんに操体操法のデモンストレーションを行ったところ、それをきっかけにとても不思議なことが起こりましたので紹介させて頂きますね。

自発動から体の震え・まぶしい光・そして涙

仙台操体医学院の学生・Sさん(看護師 女性)が操体法のメーリングリストに投稿した内容を転載します。

こんばんは。木曜コースのSです。今回の授業はわたしにとって忘れられない授業になりました。

その日は上川名さんが医学院にいらしゃるとのこと。上川名さんが以前メーリングリストで「相手を最大限に尊重することが医学院の暗黙のルールで操体的な生き方。」と投稿されたのをみて、私はとても感激しました。最近上川名さんのホームページにちょくちょく訪問していました。そんなこんなで授業のなかで上川名さんの皮膚の操体を私がうける運びとなりました。

まずは足の皮膚から私は快というよりは何となく行きたい方向へ行っていたとおもいます。ベットを1周クルクルまわってきました。動診し、かなり改善しました。

次に手首の少し上部分からの操法。動診で両手を挙上、自分ではスムーズにあげていたつもりでしたが、上川名さんは耳のあたりで私の手は上げたくないとのこと。恥ずかしいことに、私は言われて初めて気づいたのです。

ベットに横になり楽な姿勢で開始。手が勝手にクルクルまわりはじめました。しばらくすると左指がピクピク、肩甲骨がピクピク、右手もピクピクしてきました。

私は目をつぶっていたのですが、突然、目の前が丸い光でいっぱいになり、まぶしくて、どうしたらよいかわからなくなりました。これがとても不思議でした。そして動診、両手がさっきとは比べものにならないくらい軽くスット挙上できました。

この操法で全身の力みのようなものが抜けて頭の中は真っ白状態。呆然としていました。しばらく呆然としていると、上川名さんにNさんと練習を促されました。このときの私はもう少し呆然としていたかったのが本音でした。もしかしたら上川名さんはまだ私の中に出し切れていない感情があることにすでにご存知だったのでは?

Nさんと練習開始。さっきと同じ左手首上から。さっきと同じく手がまわりはじめて、手がピクピクしてきました。そしてまた不思議なまぶしい光が目にはいってきました。Nさんは「手をはなしますか?」私はNさんの手にもう少しよりそってもらいたくて触れていてもらうことをお願いしました。

しばらくして私はそろそろ終わってもいいかなと思い何気に心の中で自分の体に「終わってもいい?」と問いました。次に「まだ終わりたくないの?」と問うと両手と肩甲骨がピクピクと答えました。Nさんと私の心と私の体の3者の世界。もういちど私は体に同じ質問をすると、「終わりたくない」に体がピクツキで教えてくれました。

次の瞬間、なぜだか涙がポロリ。今先生はそんな私に「Sさんどんな感じ?」と私はやっとの思いで「なんだか悲しくなってきました。」と今先生は「悲しいっていてごらん。」と私は「悲しい」と。こみあがってくる悲しいという感情。さらに今先生は「すごく悲しいっていってごらん。」と私は自分の意に反するような大きな声で「すごく悲しい!」と体からこみあげてくる悲しさとともに泣きました。

今先生の優しい 手で背中をさすってもらい、Nさんによりそってもらい、私はただ泣いているだけでした。
 その後、自分でも顔がゆるんで何かが落とされたような感覚をひそかに味わいました。またしばらく咳きこんでいました。

今先生は「小さい時の悲しい感情かな。前世の感情も出ることもあるんだよ。」と私はこの悲しい感情はどこからのものかわからないけど、いつかわかる日が来るだろうと思いました。

上川名さんは感情はエネルギーなんだよ。操体は言葉であらわすのが難しくて奥深いんだよ。動きたいほうへ動くのではなく、自分で快のフィルターを作って快のほうだけに動くようにすると無駄な動きをしなくて済むよ。とお話されていました。

こんなすばらしい体験をさせていただきありがとうございました。私はこの体験から今までの操体観、人生観がかわりました。よかったです。

24時間たった今も時々、手がピクついて喉も痛くて、「悲しい」という言葉にジワッときますが、必要なことなんですよね。手の挙上はかるくなってます。もっと体の声に耳を傾け言いたいことが言える自分。私の課題です。

私の返信

Sさんの投稿に対する私の返信です。

Sさんへ

感動の長編投稿ありがとうございました!

今回の経験はSさんご自身が自分で引き寄せました。

コーン学院の場の力
集まった皆さんの力
私のデモ操法
Nさんとの個別練習
コーン先生の言葉がけ

それら全てをSさんが引き寄せました。

Sさんの自分の力でもあり
自分ではコントロールできないハカライの力。

いろんな偶然が、絶妙なタイミングで重なり
あの不思議な空間と場が生み出されました。

Sさんとお会いしたのはまだ今回で2回目?ですよね。
初めて会ったときにちょこっとだけ一緒に組んで何か操法やったけど
何をしたかも何をしゃべったかも忘れました(^_^;)

でも、そこで何かしら小さな信頼関係が出来て
私のMLの文章に共感してくれて
ホームページも読んでくれてて
そういう下地もあったわけです。

そこで、今回座って足に触れさせていただいた瞬間から
何かが始まったように思えるけど、
実際にはもっと前からはそのプロセスは始まっていたんです。

いつからかわからないけれど
ずっと解放されたがっていた悲しみの感情が
ちょうど解放されてもいいタイミングが到来したのだと思います。

他にも別の感情に気が付くかもしれません。

咳が出るのは、「言いたいことを言えてない」という表れだそうです。

いろいろ思い出すかもしれないし
変な夢を見るかもしれません。

必要な過程を経て、
本来のSさんの姿になっていくと思います。

味わって楽しんで
また何か気づいたらぜひ教えてください(^^)

私もその場にいた皆も
なかなか見れないような貴重な経験をさせていただきました。

ありがとうございました!!

操体はハカライなり

無意識の自発動が出ることは時々あります。それに伴ってこのような感情の解放が行われることもありますが、なかなかそういう場面に出くわすことはめったにありません。

意図的に狙ってできるものでもありません。師匠の言葉に「操体はホドコシにあらず、ハカライなり」という深い言葉があります。当院の施術室にも飾ってあります。私は操体は「天のハカライ」だと思っています。

「治してあげる・治してもらう」という関係をお互いが放棄し、ただただ魂同士が向き合った時に、不思議なハカライが訪れるのかもしれません。

(2012年10月)