私たちの体には、本来「快」と「不快」を感じ分ける力があります。暑いときには涼しい場所を求め、痛みを感じれば自然とかばう──そんな“生きものとしての感覚”を、操体法では「原始感覚」と呼びます。
現代社会では、この原始感覚が鈍くなりがちです。忙しさやストレスの中で、体の声に耳を傾けることを忘れ、自分にとって「気持ちいい」と感じる動きさえ分からなくなっている方も少なくありません。
操体法は、この原始感覚を呼び覚まし、「快」の感覚を味わうことで、心と体の調和を取り戻す整体法です。無理なく、自然に、そして心地よく整えていくそのアプローチは、多くの人に深い癒しと気づきをもたらしています。
この記事では、操体法における原始感覚とは何か、そしてそれをどのように活かしていくのかをご紹介します。あなた自身の体の声に耳を傾けるきっかけになれば幸いです。
操体法における原始感覚とは
健康のよしあしを何によって判断するのかといえば、人間がもって生まれた感覚が第一です。この感覚があるからこそ、自分のからだの調子がわるいということがわかるのです。だから、それを尊重してからだの健康を判断しなさいというわけです。私はこれを原始感覚とも呼んでいます。
出典:万病を治す妙療法 橋本敬三著
◆ 生き物としての“感覚”を思い出す
「原始感覚」とは、私たち人間を含むすべての生き物が本来備えている、ごく自然な感覚のことを指します。
たとえば、寒ければ温かい場所に移動し、疲れたときには横になりたくなる。そんな“当たり前”の反応こそが、原始感覚に基づいた行動です。
つまり、原始感覚とは「生きるために必要な感覚」であり、思考ではなく体の声に従ったシンプルな判断力とも言えます。
しかし、現代社会に生きる私たちは、この原始感覚を置き去りにしがちです。便利すぎる環境、情報の過多、忙しさのなかで、いつの間にか「感じる力」が鈍ってしまうのです。
◆ 快・不快を感じる力
原始感覚の中でも、操体法で特に大切にするのが「快・不快を感じる力」です。
たとえば、体を左右にひねってみたとき、ある方向は気持ちよく、逆はつらく感じることがあります。この「気持ちよさ=快」をキャッチできることが、心身のバランスを整える第一歩になります。
「気持ちいい」と感じたとき、私たちの体では呼吸が深くなり、筋肉の緊張がほどけ、自律神経も自然と整っていきます。これは、薬や外部の刺激に頼らず、自らの感覚に基づいて回復していく自然なプロセスです。
しかし、多くの人が「我慢は美徳」「多少の痛みは効く証拠」などの思い込みによって、不快な刺激に耐えることが当たり前になっています。これは原始感覚の鈍化を招くだけでなく、結果として不調を慢性化させてしまうこともあるのです。
◆ 思考ではなく“体の声”を信じる
私たちは普段、「こうすべき」「頑張らないといけない」という思考にとらわれがちです。しかし、原始感覚はもっと純粋で、理屈ではなく“感じるもの”です。
操体法では、この感覚に耳を澄ませ、「体が気持ちいいと感じる動き」を選ぶことで、自然と全身の調和が取れていきます。
つまり、原始感覚を信じることは、自分の体を信じることにもつながっていくのです。
そして、この原始感覚は年齢や経験に関係なく、誰もが本来持っているものです。たとえ最初はうまく感じ取れなくても、丁寧に体と向き合うことで、少しずつ感覚はよみがえってきます。それは、まるで眠っていた“自分らしさ”を取り戻すような体験でもあります。
操体法における原始感覚の役割
◆ 操体法の基本は「快」を味わうこと
操体法は、「快」の感覚を頼りにして体のバランスを整えていく自然療法です。
一見すると、とてもシンプルな原理ですが、この「快」を選ぶという行為こそが、原始感覚を活かした深い癒しにつながっています。
施術中、体を軽く動かしながら「どちらの方向が気持ちいいか?」を感じていただくことがあります。たとえば首を左右に回したり、足を少し上げたりして、その中で「楽に動ける」「心地よく感じる」方向を探していきます。
このとき、施術者が一方的に決めるのではなく、クライアントご自身の体感・感覚が最も大切にされます。原始感覚に耳を澄ませ、自分にとっての「快」を選んでいくプロセスは、まさに“自分の感覚を取り戻す時間”でもあるのです。
◆ 原始感覚が導く、無理のない回復
操体法は、「治す」というよりも「整う」方向に体を導く療法です。その調整力のカギとなるのが原始感覚です。
たとえば痛みや不調があるとき、どうしても「悪い部分」に意識が向いてしまいます。しかし操体法では、不調そのものに直接アプローチするのではなく、快適に動ける方向を探し、その動きをゆっくり味わっていくことで、結果的に不調がやわらいでいくのです。
これは、無理に押したり引いたりする外的な刺激ではなく、内側から自然に生じる調和の力を活かしているからこそできること。原始感覚を通じて得られる快の刺激は、体にとってストレスにならないどころか、むしろ心身を安心させる「安全なサイン」として働きます。
◆ 自分自身との対話が始まる
操体法の時間は、単なる施術の時間ではなく、「自分自身と対話する時間」でもあります。
日常生活では忘れがちな、自分の呼吸や感覚に静かに向き合い、「あ、こっちの方が楽かも」と気づくことで、心と体が少しずつ緩み、自然と元のバランスに戻っていくのです。
このように、操体法における原始感覚は「気持ちよさを探すための道具」ではなく、「自分の内側とつながるためのナビゲーター」とも言えます。
だからこそ、他人の基準ではなく、自分自身の感覚を信じることがとても大切なのです。
快の感覚が心身にもたらす変化
◆ 呼吸が深まり、自律神経が整う
「気持ちいい」と感じた瞬間、私たちの体は自然に安心し、緊張がほどけていきます。そのとき、まず大きく変化するのが呼吸です。
操体法の施術中に快の感覚を味わっていると、呼吸がふっと深くなり、お腹まで空気が入っていくようになります。この深い呼吸は、自律神経のバランスを整える大切なきっかけになります。
交感神経(緊張・活動)と副交感神経(リラックス・回復)が調和することで、全身の血流が良くなり、内臓の働きもスムーズに。これにより、冷えや疲労感、不眠、消化不良などの不調が改善に向かう方も少なくありません。
◆ 筋肉の緊張がほどけ、ゆがみが整う
快の感覚を伴う動きには、筋肉や関節に過剰な負担をかけず、体の自然な調和を取り戻す力があります。操体法では、「痛いところを無理に押さない」「つらい方向には動かさない」という基本原則がありますが、それは体が本来の位置に戻っていくには“無理のない刺激”が必要だからです。
たとえば、ある方向に軽く動かすと気持ちがよく、逆方向だと違和感がある場合、その「快」の方向にゆっくり動かすことで、筋肉の緊張が解けていきます。その結果、骨格のゆがみが整い、可動域が広がっていくことも多くあります。
強い刺激で無理やり整えるのではなく、心地よさを感じながら自然に整っていく。それが操体法の魅力であり、原始感覚を生かす理由です。
◆ 心の緊張もほぐれていく
「体の緊張がゆるむと、心もふっと軽くなる」
これは、多くの方が操体法の施術中に感じる変化です。
快の感覚を味わうことは、単なる肉体的な快適さを超えて、精神的なリラックスにもつながります。とくに、慢性的なストレスや不安感を抱えている方は、「頭では頑張ろうとしても、体がついてこない」と感じていることが多いものです。
そんなとき、快を丁寧に味わいながら体と向き合うことで、無意識の緊張や力みがスーッと抜けていきます。涙が出る、深い呼吸が自然に起こる、心が静かになる——こうした反応が現れることもありますが、それは体と心が調和を取り戻している証拠でもあります。
◆ 快は「今、ここ」に戻る感覚
快の感覚に意識を向けることは、過去の不安や未来の心配ではなく、「今この瞬間」に意識を戻す練習でもあります。
それはまるで、外に向いていた注意を、自分の内側にそっと戻すような時間。
雑音に囲まれた日常の中で、ふと静けさに包まれるような感覚です。
この“今ここ”の感覚を何度も味わうことで、日常の中でも自然と原始感覚が目覚めていき、自分自身の心身に対する感度が高まっていきます。
原始感覚を目覚めさせるためにできること
◆ 日常の中で「快・不快」に意識を向ける
原始感覚を目覚めさせる第一歩は、自分の体の感覚に丁寧に耳を傾けることです。
たとえば、座っているときに「この姿勢は心地よいか?」「どちらの足を組んだほうが楽か?」といった小さな違いに気づいていくことから始めてみましょう。
また、食事・着る服・選ぶ道など、日常の中にはたくさんの「快・不快」が潜んでいます。そうした感覚に気づき、「自分にとって何が心地よいのか?」を選び取ることで、少しずつ原始感覚は研ぎ澄まされていきます。
◆ 「気持ちいい動き」を味わう習慣をつける
特別な運動やトレーニングは必要ありません。
朝起きたときに伸びをしたり、仕事の合間に肩や首をゆっくり回したりするなど、シンプルな動きの中でも「気持ちいい」と感じる方向や角度を味わってみてください。
これはまさに、操体法の基本そのもの。
無理に頑張るのではなく、「快」の感覚に導かれて動くことで、自然と体の調和がとれていきます。日々少しずつでも、自分の体と対話する時間を持つことが、原始感覚を目覚めさせる鍵となります。
◆ スマホや情報から少し距離を置く時間を
現代人の多くは、外からの情報や刺激に囲まれて過ごしています。
スマホやPCの画面を長時間見続けていると、感覚は徐々に鈍くなり、自分の内側よりも「外側の世界」にばかり意識が向くようになります。
一日の中でほんの少しでも、スマホを置いて、静かに呼吸を感じる時間をつくってみましょう。
五感に意識を向け、風の音、鳥の声、足裏の感覚などに気づくことも、原始感覚を育てる良いトレーニングになります。
◆ 原始感覚を信じることから始まる癒し
原始感覚は、誰にでも本来備わっているものです。
しかし、長年の生活習慣や思考のクセによって、それが表に出にくくなっているだけ。
「自分の感覚を信じる」という姿勢があれば、感覚はいつでも再び目覚め、あなた自身を整えてくれる力になります。
操体法はその“気づき”をサポートする、やさしくて深い療法です。
もしあなたが「なんとなく不調だけど、どこが悪いか分からない」「もっと自然な形で整えたい」と感じているなら、原始感覚を頼りにした操体法を、ぜひ一度体験してみてください。
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