執筆者:院長 上川名 修
赤ちゃんは、ハイハイを経て二本の足で立ち上がり、自然と歩き始めます。
誰に教わるでもなく、重力の中で体のバランスを探りながら、本能的に立つ力を身につけていくのです。
しかし、大人になるとどうでしょうか。
多くの人は「正しい立ち方」を改めて教わることなく成長し、いつの間にか不自然な姿勢がクセになってしまっています。
学校では「胸を張って気をつけをする」ように指導されますが、これは人間の体の構造に沿った自然な立ち方ではありません。
このページでは、整体の視点から見た「本来の立ち方」「自然体の立ち方」について解説します。
姿勢を“整える”というより、“戻す”という感覚で読んでいただけるとよいでしょう。
正しい立ち方とは
多くの人が思い描く「正しい立ち方」は、胸を張り、背筋をピンと伸ばし、顎を引いて気をつけをする姿勢かもしれません。
確かに一見、姿勢が良く見えるかもしれませんが、実際には肩や背中、腰などに大きな負担がかかっています。
このような姿勢は筋肉を固めて保つため、長時間続けると疲労が蓄積し、やがてコリや痛みの原因になります。
学校の先生自身も長年そのような姿勢を意識して立ってきた結果、慢性的な肩こりや腰痛に悩んでいる方が少なくありません。
本当に正しい立ち方とは、力を入れて頑張るものではなく、自然と立てている状態のことです。
それは見た目にも美しく、内側から安定していて、長時間立っても疲れにくい姿勢です。
そして外から軽く押されてもブレず、どっしりとした安定感があります。
そのような立ち方を実現するためには、次の3つを意識することが大切です。
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脱力する
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骨格で立つ
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筋肉に頼らない
この3つは別々のようでいて、実は同じことを違う角度から表現しています。
一つずつ丁寧に見ていきましょう。
脱力する
まず大切なのは「力を抜く」ことです。
多くの人は無意識に体のあちこちに力を入れて立っています。肩や背中、太もも、そしてお腹など。
その状態で長く立っていれば、当然疲れてしまいます。
野生の動物を思い浮かべてみてください。
彼らは常にしなやかで、どんな瞬間にも動ける準備ができています。
力んで立っている動物などいません。
私たち人間も同じで、力みを取り除くことで自然な姿勢に戻ることができます。
立っているときに「自分のどこに力が入っているか」を感じ取ってみましょう。
肩や腰、膝、足の指などに不要な力が入っていたら、息をゆっくり吐きながら緩めていきます。
「これ以上抜いたら倒れてしまうかも」と思うくらいまで力を抜いてみましょう。
そうすることで、重力とバランスの関係を体が自然に学び始めます。
骨格で立つ
「骨格で立つ」とは、筋肉の力で体を支えるのではなく、骨の構造そのものを活かして立つということです。
体の重さを骨で受け止め、その上に体を積み上げるようなイメージです。
脱力すればするほど、筋肉で支えられなくなり、骨で支えるしかなくなります。
つまり、脱力と骨格の立ち方は表裏一体です。
骨で立つためには、自分の体の重みを丁寧に感じることが大切です。
足の裏にどれくらいの重さが乗っているか、骨盤がどんな角度で支えているか、背骨がどのように伸びているか――
そうした“感覚”に意識を向けることで、自然と骨格のラインが整っていきます。
筋肉に頼らない
もちろん、筋肉をまったく使わないわけではありません。
体を支えるためにはある程度の筋力が必要です。
ただし、それは必要最小限のインナーマッスル(深層の筋肉)です。
アウターマッスル(体の表層にある大きな筋肉)で体を固めて立とうとすると、動きが硬くなり、すぐに疲れてしまいます。
それに対して、インナーマッスルは姿勢を静かに支えるための筋肉で、持久力があり、無駄なエネルギーを使いません。
「筋肉を使って立つ」から「骨で支えて、インナーマッスルが静かに働く」へ――
意識を変えるだけで、立ち姿は劇的に変わります。
自然体で立つ時の重心のバランス
正しい立ち方ができると、体全体のバランスが整い「自然体」になります。
自然体とは、力を抜いているのにブレず、柔らかくて強い状態です。
横から見たときの理想的な重心のラインは、
耳の穴・肩・股関節・膝・くるぶしが一直線に並ぶこと。
これは教科書的な説明ですが、実際にはこの形を「作ろう」とすると、体が硬くなってしまいます。
大切なのは、リラックスして立ったときに、結果的にこのラインが自然にできていること。
努力して作るものではなく、脱力の結果として生まれる姿勢なのです。
足の裏の意識
立つときの土台となるのが足の裏です。
重心は「かかとの少し前」に置くように意識します。
多くの人はつま先側に重心がかかっており、それが姿勢の乱れや疲労の原因になっています。
すねの骨(脛骨)の延長線上に重心を置き、同時に足の指をしっかり床に接地させましょう。
足の指が浮いていると、バランスを取るために無駄な力が入りやすくなります。
足の裏全体で地面を感じながら、柔らかく立つことが大切です。
股関節の意識
重心がつま先側にあると、自然と骨盤が前に出て、股関節や太ももが常に緊張した状態になります。
そのため、腰や膝への負担も増してしまいます。
股関節を“ふわっと緩める”ように意識してみましょう。
骨盤が軽く立ち上がる感覚になり、脚の付け根が柔らかくなります。
この状態で立つと、筋肉に頼らず骨格で安定して立てるようになります。
背骨の意識
「背筋をまっすぐ伸ばして、胸を張って立つ」という指導はよく聞きますが、これは誤りです。
背骨は本来、自然なS字カーブを描いており、それが体にかかる重力を分散させています。
無理に背骨をまっすぐにすると、カーブのクッションが失われ、疲れやすくなります。
少し丸みを帯びた自然な姿勢こそ、体に優しい立ち方です。
頭を背骨に軽く乗せ、背骨を骨盤と脚の骨に自然と乗せるように意識してみましょう。
上から下へ、下から上へ、重力とバランスが調和したとき、心地よい安定感が生まれます。
体はいつも答えを教えてくれる
文章で読むだけでは少し抽象的に感じるかもしれません。
しかし、実際に体の感覚に意識を向けると、驚くほど繊細な情報が返ってきます。
体はいつも「ここに力が入っているよ」「もっと楽な立ち方があるよ」と教えてくれています。
その声を聞けるようになると、立ち方だけでなく、歩き方、座り方、呼吸の仕方まで変わっていきます。
そしてその変化が、心の状態にまで波及していくのです。
正しい立ち方とは、単なる姿勢の問題ではなく、心身の調和を取り戻す第一歩でもあります。
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