
私たちは毎日、たくさんのことを「頭で考えながら」生活しています。
仕事では効率や正確さが求められ、学校でも知識や正解を覚えることが重視されます。スマートフォンを開けば、いつでも大量の情報が入ってきて、「何が正しいのか」「どうすれば失敗しないのか」と考える機会も増えました。
もちろん、考えることは大切です。人間が社会を発展させてきたのも、論理的に考え、計画し、問題を解決する力があったからでしょう。
ただ、その一方で、私たちは少しずつ「身体で感じる」ということを置き去りにしているのかもしれません。
本当は疲れているのに無理をしてしまう。嫌だと感じているのに「これくらい我慢しなければ」と自分に言い聞かせる。食べたいものより「健康のためにこれを食べる」。休みたいのに「まだ頑張れる」と考えてしまう。
頭では「大丈夫」と思っていても、身体は重い。理由はよくわからないけれど、なんとなく気が進まない。逆に、理屈では説明できないのに「こっちのほうがいい」と感じることもあります。
こうした身体の感覚は、現代の生活の中では意外と後回しにされがちです。
今回は、なぜ私たちがこれほど「頭で考えること」に偏り、身体の声を感じにくくなっているのか。そして、置き去りになっている身体感覚を取り戻すことが、心身の健康や生き方にどんな意味を持つのかについて考えてみたいと思います。
左脳優位・頭脳優先になった現代社会で、身体感覚が置き去りになる理由

「考えること」が当たり前になった現代人
私たちは、毎日の生活の中でたくさんのことを頭で考えています。
仕事では効率や正確さが求められ、学校では知識を覚え、テストでは正しい答えを出すことが求められます。日常生活でも、スマートフォンから次々と情報が入ってきて、「これは正しいのか」「どちらを選べばいいのか」と考える場面が増えました。
もちろん、考える力は大切です。論理的に考えたり、先のことを計画したり、問題を解決したりする力があるからこそ、私たちの社会は便利になってきました。
ただ、少し気になるのは、現代の生活があまりにも「頭脳優先」になっていることです。
「どうするべきか」「何が正しいか」「失敗しないためにはどうすればいいか」と頭で考えることはあっても、「自分の身体はどう感じているのか」ということは、意外と考えません。
頭ではなく、身体で感じることが少なくなっている
例えば、本当は疲れているのに「これくらいなら大丈夫」と考えて仕事を続けてしまう。身体は休みたがっているのに、「まだ頑張らなければ」と頭で自分を動かしてしまう。
あるいは、人から勧められたものを「良さそうだから」と選んだけれど、実際にやってみると何となくしっくりこない。逆に、理由は説明できないけれど「こちらのほうがいい気がする」と感じることもあります。
こうした「なんとなく」という感覚は、論理的に説明することが難しいものです。そのため、頭脳優先の生活では、つい無視されてしまいます。
しかし、身体は常にいろいろなことを感じています。心地よいのか、不快なのか、緊張しているのか、安心しているのか。そうした身体からの小さなサインに気づくことも、本来は私たちにとって大切な情報です。
ところが、頭で考えることばかりを優先していると、いつの間にか身体の感覚よりも「こうするべき」という考えを優先するようになります。
それが続いていくと、自分が本当は疲れていることや、無理をしていることにさえ気づきにくくなってしまいます。
現代社会で私たちに必要なのは、考えることをやめることではありません。頭で考える力と同じように、身体で感じる力にも目を向けること。そこから、置き去りになっていた身体感覚を取り戻すことが始まります。
頭脳優先で生きていると、身体の声が聞こえなくなる

「こうするべき」が身体の感覚より優先される
頭で考えることに慣れていると、いつの間にか「自分がどう感じているか」よりも、「こうするべき」という考えを優先するようになります。
仕事だから頑張らなければいけない。約束したから行かなければいけない。周りに迷惑をかけてはいけない。これくらいのことで弱音を吐いてはいけない。
このような考え方は、社会生活を送るうえでは必要なこともあります。
ただ、それがいつも続いていると、身体から出ている小さなサインを無視することになります。
「今日はちょっと疲れているな」「何となく気が進まない」「少し休みたい」と身体が感じていても、「でも、やらなければ」と頭で押し切ってしまう。
これを繰り返しているうちに、身体の感覚そのものに気づきにくくなっていきます。
身体は突然、大きな声で教えてくれるとは限りません。最初は小さな違和感や疲労感、呼吸の変化、身体のこわばりなどとして現れることもあります。
身体の声を無視すると、自律神経も緊張しやすくなる
頭では「大丈夫」と思っていても、身体は緊張していることがあります。
仕事中は気を張っている。人前では無意識に身体がこわばっている。家に帰っても頭の中では仕事や人間関係のことを考えている。
このような状態が続けば、身体はなかなか休まりません。
自律神経は、私たちが意識して細かくコントロールしているものではありません。呼吸や心拍、消化など、生命を維持するためのさまざまな働きを自動的に調整しています。
だからこそ、頭で「リラックスしよう」と考えるだけでは、身体の緊張がすぐに抜けるとは限りません。
大切なのは、「今、自分の身体はどうなっているのか」に気づくことです。
呼吸は浅くなっていないか。肩に力が入っていないか。お腹は緊張していないか。身体を動かしたときに心地よいのか、不快なのか。
こうした身体の感覚に意識を向けていくことで、頭だけでは気づかなかった自分の状態が見えてくることがあります。
身体感覚を取り戻すには、「頭で考える」より「身体で感じる」

「なんとなく」という感覚を大切にしてみる
身体感覚というと、何か特別な能力のように思うかもしれません。
でも、本来は誰にでもある、ごく自然な感覚です。
例えば、同じ場所にいても「ここは何となく落ち着く」と感じることがあります。反対に、理由は説明できないけれど「何となく居心地が悪い」と感じることもあります。
食事をしていて「今日はこれが食べたい」と感じたり、身体を動かしていて「この動きは気持ちいい」と感じたりすることもあります。
こうした感覚を、私たちは普段あまり重要視していないかもしれません。
「理由は何?」と聞かれると答えられないからです。
でも、すべての感覚に明確な理由が必要なわけではありません。
頭で説明できないから間違っているのではなく、まずは「自分は今、そう感じているんだ」と気づいてみる。
それだけでも、身体との関係は少し変わってきます。
身体の「快・不快」は、自分を知るための大切な情報
身体には、「快」と「不快」を感じ取る力があります。
もちろん、すべての不快感が悪いということではありません。運動をすれば疲れることもありますし、治っていく過程で一時的に違和感を感じることもあります。
それでも、「今の自分の身体は何を感じているのか」に目を向けることには意味があります。
人から「こっちのほうがいい」と言われたからではなく、自分の身体はどう感じているのか。
「みんながやっているから」ではなく、自分にとってはどうなのか。
頭で正解を探す前に、身体の反応を感じてみる。
そうすると、今まで気づかなかった自分の本音や、無理をしていたことに気づくことがあります。
身体感覚を取り戻すというのは、特別なことをすることではありません。
まずは、自分の身体が出している小さなサインを無視しないこと。
そこから、「身体に訊く」という感覚が少しずつ育っていきます。
左脳優位から身体感覚へ――整体で大切にしている「身体との対話」

整体で身体を一方的に変えようとしない
整体というと、「身体の悪いところを見つけて、そこを治してもらう」というイメージを持っている方も多いと思います。
もちろん、身体の状態を確認することは大切です。
ただ、身体を外側から一方的に変えようとするだけではなく、「今、この身体は何を感じているのか」という視点を持つことも大切だと考えています。
身体は、単なる物体ではありません。
同じ場所に触れても、人によって反応は違いますし、その日の状態によっても変わります。
だからこそ、身体の反応を感じながら、無理のない範囲で動かしたり、優しく触れたり、ゆっくりゆらしたりする。
身体が嫌がることを無理に押し通すのではなく、身体が心地よいと感じる方向を探していく。
そこには、「身体には身体なりの答えがある」という考え方があります。
「身体に治し方を訊く」という多次元操体法
当院で行っている多次元操体法も、こうした「身体との対話」を大切にしています。
身体をこちらの都合で無理に動かすのではなく、身体の反応を感じながら、その人自身の身体が示している方向を探していきます。
優しく触れる。ゆっくり動かす。身体をゆらす。
一見すると、とてもシンプルなことをしているように見えるかもしれません。
でも、力で身体を変えようとするのではなく、身体が感じていることに耳を傾けていくと、思いがけない反応が出ることがあります。
「ここが痛いから、ここを何とかしなければ」と考えるのではなく、「身体はどうしたいのだろう?」と訊いてみる。
それが、私が大切にしている「身体に治し方を訊く」という考え方です。
頭で答えを決めて身体を合わせるのではなく、身体の反応を感じながら、本来の身体の働きを引き出していく。
これは、現代の頭脳優先の生活の中で、忘れられがちな「身体で感じる」という感覚を取り戻すことにもつながっていくと思います。
頭脳優先の時代だからこそ、身体感覚を取り戻して本来の自分へ

「考える力」と「感じる力」のバランスを取り戻す
ここまで、左脳優位や頭脳優先という話をしてきましたが、決して「左脳が悪い」「考えることをやめたほうがいい」ということではありません。
考える力は、人間にとってとても大切な能力です。
問題が起きたときに考えて解決する。これからのことを計画する。相手の立場を考える。知識を学ぶ。
こうした力があるからこそ、私たちは社会の中で生活することができます。
ただ、それと同じくらい「感じる力」も大切なのではないでしょうか。
頭では正しいと思っていても、身体が苦しく感じていることがあります。
逆に、頭では迷っているのに、身体は「こっち」と感じていることもあります。
どちらか一方に偏るのではなく、頭で考えながら、身体でも感じる。
その両方を自分の判断材料として持っていることが、これからの時代にはますます大切になっていくのではないかと思います。
身体の声に耳を傾けることは、本来の自分に戻ること
私たちは、毎日たくさんの情報の中で生活しています。
何を食べれば健康なのか。どんな生き方が正しいのか。どんな仕事を選べばいいのか。どうすれば成功できるのか。
調べれば、いくらでも答えを見つけることができます。
でも、世の中にある「正解」が、そのまま自分にとっての正解とは限りません。
本当は疲れているのに、頑張り続けていないか。
本当は嫌だと感じているのに、我慢していないか。
本当はやってみたいのに、「無理だから」と頭で決めつけていないか。
そんなとき、身体に意識を向けてみる。
「私は今、どう感じているんだろう?」
その問いに対して、身体は意外と素直に反応してくれます。
身体感覚を取り戻すということは、単に健康のためだけではありません。
それは、自分の身体、自分の感覚、自分の本当の気持ちにもう一度つながっていくことでもあります。
頭で答えを探し続けるのではなく、ときには立ち止まって、自分の身体に訊いてみる。
「答えは、すでに身体が知っている」
そんな視点を持つことで、私たちの身体との付き合い方や、生き方そのものも少し変わってくるのかもしれません。

